はさみは目的ではなく、道具です。

保育園でハサミをどのように子どもに紹介をしていくのかという話

(昨日はさみの話を別スレッドで見かけたのでこちらで書きます)


様々な書籍等を見るとはさみの導入は、

まず持ち方等を教えた後、線が引いていある細い紙を切る。

というようなことが多いみたいです。


その線も、「ー」の字だったものが「く」の字、あとのほうに「◯」と徐々に「レベル」が上がるみたいです。


なんだかなあ。


はさみの持ち方と、はさみで身体を挟むと切れて怪我をする・危ないことや他の人にむけてほしくないことを伝えたらその後はもう、ほぼ無介入でもはさみは使えるようになります。隣の子どもを見て学びますし、保育者がはさみを動かすのをじっと見てからハサミを動かしてみる子どももいますし。(以下のお話は1歳児クラス夏頃〜のこと)


いくつか作為的にしていたことは、一番最初は「はさみと仲良くなる活動」としてはさみ自体を触ったり見たり。そして、「切る」という感触を体感できるように少々厚手の細い紙を用意して一回パチッと切り離して「おっ!この道具を使うとこういうことが起きる」というのを味わえるようにしていたことくらい。


大きな紙に切れ目を入れていくことと、

紙を切り「離し」ていくことには違いがあります。


自分の力で対象物に変化を加えるという行為としては同じですが「そこにまだある」か「離れていく」かは大きな違いで、初めて体験する子どもの表情も異なります。離れていくほうがより驚きます。目を見開いて、保育者を見て、手元を見て・・・と。


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パッチンと一回で切るよりも、チョキチョキチョキっと連続で切るほうが「レベル」は上なのですが、最初の頃から「パッチン」は嫌で、「チョキチョキチョキ」をしようとする子どももいます。


なぜか。


*「細い紙」じゃなくて「大きな紙」を使いたい!

(この理由は多いです、さてなぜでしょうか。)


答え:

切り離したくない。

大きな紙を使いたい。

大きなの紙の端から端まで切りたい。

など。


チョキチョキとは行かなくても1回切りを何度も繰り返して端から端まで切るという目的を達成する子どももいますし、大きな紙の周りの縁を一周切込みを入れてフリンジのようにする子どももいます。

(端から端まで「切りたい」だけで、「切ったら2つにわかれる」と発見するのは切れた瞬間だったりします。だから、2つに分けたいという動機で切っているわけではないことも多い。ここを大人が先回りしたらダメよ〜。こうやって「切るということとはなんぞや」を学んでいるんだから。)


もちろん中には大きな紙を思い通り切れなくて、はさみで挟んで無理矢理前に動かしてビリビリっと破る感じになる子どももいます。もしそれでイライラしているようならば細い紙をおすすめしたりもしますよ。

ちなみに、クラス全員に強制的にハサミを使わせるってこともないです。経験からいうとその面白さや便利さが伝播するのか?2歳児クラスでは全員普通に使ってましたが。月齢や興味の差などで差はあれど、もうこの頃には、はさみ自体を探求するのではなく、目的があって「道具」として使いこなされている印象です。 

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重要なこと!!

子どもは自由に切れ目を入れた紙をどんどん見立てていく力もあります!自分で、対象に変化を加えて思い通りに物を作るという楽しさもその過程を経て覚えるようです。


A4の紙の一片の中心から、対辺に向かって1−2回ハサミを入れたものが「ズボン」に見えるのですね。最初は偶然出来たそれを「ズボン」に見立てたのですがその後は何度もそのズボンを作って「パパのズボン」連作が出来たりしました。他の子が切った切れ端のサイズの違う紙を使って同じく一切りして「ズボン」とか。


こうやって

「自分で何ができるか、したいか」

身につけていくみたいですよ。

 

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私が線の上を「切らせる」のではなく、このような活動の仕方をしている思いは、子どもたちが自分の目標(「こうしたい!」という思い)を自分で達成するように努力する力が備わっているのを見てきたからです。

逆に言えば、1歳で目標を他人に立ててもらうことに慣れさせたくないから。

 

「目標を立てられてその通りに進む」ということはその結果、評価的な観点がつきもので、その評価をされるために進んでいくという方向になっていきます。

私は活動をしている間子どもを良し悪しの評価することは基本的には全く無いです。というよりもこの活動の中に評価をすべき部分がそもそもない。危なければ声はかけますけど。

子どもたちが思い思いのことをしているだけなのにそれを評価するという機能が自分の中にないのでできないです・・・。

 

悲しいことに、線が引いてある紙(a.k.aこうあるべき、が書いてある紙)を用意した瞬間に

 

子ども集団内に「上手い下手」というヒエラルキーができ、

先生からの評価的観点が生まれ、

子どもが他の子どもに「線の上切ってない。間違ってる」といい、

親が「うちの子はまっすぐ切れないんです」と落ち込む。

 

最低のループが待ち受けているわけですね〜。

(塗り絵も似てますけど)

 

これははさみと塗り絵だけのモンダイ、ではないんです。

こういうカリキュラムを持っているとクラスのコミュニティがうまく成立しないんです。コレはまた別に書こうかな。